東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構(電気系工学専攻) 大矢研究室

スピン自由度を生かした新しい機能性材料とナノヘテロ構造の実現/新規物理の探究・応用

research

 

<単結晶からなる強磁性体/非磁性体高品質界面の重要性>
 電子のスピンは、界面の結晶品質に非常に敏感であり、容易に緩和する性質を持っています。従って、電子のスピンをデバイスの中で高精度に扱うためには、原子レベルで制御された高品質界面が必要となります。このような界面を実現するために、私たちの研究室では、分子線エピタキシー(Molecular-beam epitaxy; MBE) 装置を用いて結晶を作製しています。本装置では10-9 Pa=10-14 気圧の超高真空下において、原子を昇華または蒸発させることにより、上図の透過型電子顕微鏡写真にあるような高品質な単結晶薄膜を得ることができます。また、原子レベルで制御された人工的な多層膜構造(ヘテロ構造)を作製することができます。
 現在の研究で特に注目しているのが、半導体または強磁性の性質を持つ「ペロブスカイト酸化物系」や、半導体中の一部の原子を磁性原子で置き換えた「強磁性半導体系」などを用いた強磁性へテロ接合です。強磁性半導体は半導体でありながら強磁性を示す極めてユニークな物質です。これらの系で、スピン依存伝導に加えて量子効果などを取り入れることにより、新しい物理を探究し、さらにそれらをデバイスへ応用することを目指しています。 → 過去の卒業論文等の題目

~具体的な研究課題例~

電圧印加による電子軌道制御を利用した新しい超極低電力磁化回転技術の創出

 強磁性体の電子のスピン自由度を用いて新たな省エネルギーデバイスを実現しようとする研究が精力的に行われています。このようなデバイスでは、N極とS極の向き、つまり磁化の方向を回転させて情報を書き込む必要があります。現在、磁化の制御方法としては、向きの揃ったスピンをもつ電子を流して、電子のスピンの向きを強磁性体の磁化に受け渡す方式などが用いられています。しかし、このような方法では、一般的には107 Acm–2程度の大きな電流密度が必要で、デバイスを実用化する上で大きな問題となっています。
 本研究室では、図に示すような酸化物の強磁性体(LaSrMnO3)と絶縁体(SrTiO3)を組み合わせて磁気トンネル接合と呼ばれる素子を作製し、15~200 mVの小さな電圧で、しかも無視できるほど小さな10-2 Acm–2程度の電流で、磁化の向きを90°回転できることを発見しました。LaSrMnO3という物質は、SrTiO3層との接合界面では、わずかな電圧を印加するだけで、伝導に寄与する電子の軌道の対称性が変わると考えられており、それにより磁化が回転しているものと考えられます。このように、単結晶の酸化物ヘテロ構造では、まだ知られていない様々な現象を新たに発見できる可能性があります。本研究は、電気系工学専攻の関宗俊先生と田畑仁先生と共同で行いました。 (L. D. Anh, T. Yamashita, H. Yamasaki, D. Araki, M. Seki, H. Tabata, M. Tanaka, and S. Ohya,,Phys. Rev. Applied (Letter) 12, 041001 (2019))
→ プレスリリース 「磁化方向制御に必要な電力を極限まで低減可能な新たな方法を実証」

ピコ秒の超短テラヘルツパルスで超高速に磁化を反転する試み

 超短テラヘルツパルス光のパルス幅はピコ秒(1兆分の1秒)と非常に短く、強磁性体に強い超短テラヘルツパルス光が照射されると、この短い時間スケールでは、磁化は摩擦の影響をほとんど受けずに光パルスの波形に追従して高速に動くことが知られています。通常、磁化はナノ秒(10億分の1秒)程度で反転しますが、この技術を応用することにより、それよりも1000分の1程度短いピコ秒レベルの時間スケールで、磁化を高速に反転できるようになることが期待されています。半導体中に強磁性ナノ微粒子が埋め込まれた試料を用いることにより、効率的にテラヘルツ波の電界を各微粒子に印加でき、従来の20倍ほどの非常に大きな磁化変調が得られることが分かりました。このような技術は、将来的には、ピコ秒での磁化反転を利用した超高速不揮発性メモリの実現につながると期待しています。本研究は東京大学新領域創成科学研究所岡本博教授のグループと共同で行いました。 (T. Ishii, H. Yamakawa, T. Kanaki, T. Miyamoto, N. Kida, H. Okamoto, M. Tanaka, and S. Ohya, Appl. Phys. Lett. 114, 062402 (2019).Selected as Featured Article)
→ UTokyo Focus 「ピコ秒で動作する超高速メモリの実現に向けた新たな進展 ~半導体中の強磁性ナノ微粒子からの巨大テラヘルツ応答 ~」

縦型スピンMOSFET(トランジスタ)の実現に向けた取り組み

 スピン自由度を生かした次世代の重要なデバイスとしてスピンMOSFET(トランジスタ)が提案されています (参考:S. Sugahara and M. Tanaka, APL 84, 2307 (2004))。このデバイスは従来のトランジスタにはない不揮発性を持っているため、将来の低消費電力デバイスとして期待されています。この素子を実現するためには、強磁性体層から半導体チャネル層へスピンを注入し、スピンの向きを保ったまま輸送し、強磁性体層を用いてそれらを検出する必要があります。しかし、これらの要素技術はまだ十分には確立されておらず、スピンMOSFETの実現はまだ難しい状況にあります。このような状況をふまえて、私たちは、図のような縦型のスピンMOSFETを提案して、その実現を目指しています。この構造においては、分子線エピタキシー法を用いることにより高品質な界面を実現でき、さらにチャネル長を原子レベルで制御できるため、スピン緩和を抑制できることが期待されます。2015年に、強磁性半導体GaMnAsを用いた縦型スピンMOSFETを作製し、まだ低温ではありますが、デバイス動作の基礎となる大きな磁気抵抗変化(60%)とゲートによる電流の変調を初めて実証することに成功しました。 (T. Kanaki, H. Asahara, S. Ohya, and M. Tanaka, Appl. Phys. Lett. 107, 242401 (2015)) 現在、さらなる特性の向上を目指しています。

強磁性半導体におけるスピンに関係した新規物理の探索

 強磁性半導体は半導体と強磁性体の両方の性質を持つ大変ユニークな材料ですが、まだその物性は十分に解明されてはいません。半導体では見られない特異な現象が観測されています。半導体においては、不純物の濃度を増加させると、電子は散乱により動きにくくなり、徐々に電子の波(波動関数)は乱されていきます。本研究室では、強磁性半導体GaMnAsの価電子帯の波動関数の乱れの具合を調べました。その結果、Mn濃度の増加に伴い、初めは通常の半導体と同様に、波動関数の乱れが強くなっていくことが分かりました。しかし、Mn濃度が0.9%に達し強磁性転移が起こると、突如として価電子帯の波動関数の乱れが抑制され、秩序が回復することが分かりました。これは、将来の量子スピントロニクスデバイスの実現につながる重要な発見であると考えています。本成果は英国科学誌 Nature Communications に掲載されました。 (I. Muneta et al., Nat. Commun. 7, 12013 (2016).) →プレスリリース「半導体の基礎物理学における新たな発見」

III-V族およびIV族強磁性半導体における局所室温強磁性の初めての観測

 現在、III-V族やIV族の強磁性半導体における強磁性転移温度が室温以下であることが大きな問題となっています。本研究室では、強磁性半導体GeFeに対して、放射光を用いた磁気円二色性測定を行い、初めて室温においても局所的に強磁性領域が存在することを明らかにしました。局所強磁性領域は温度が下がるにつれて広がり、キュリー温度で薄膜全体に広がる非常にユニークな特徴を持つことが分かりました。この結果は、GeFeが室温応用上非常に有望であることを示しています。本成果は Nature Publishing Group のオンライン科学雑誌 Scientific Reports に掲載されました。 (Y. K. Wakabayashi et al., Sci. Rep. 6, 23295 (2016).)

スピン自由度と量子効果を組み合わせた新しい現象の開拓と応用

強磁性半導体中の正孔の量子化

 原子レベルの制御性を持つ分子線エピタキシーを用いる大きな利点は、原子レベルで平坦なナノ構造を作製できることです。このようなナノメートルサイズの人工的に制御された空間においては、量子効果によって様々な新しい現象が観測されます。右図は3.5 K の低温下で、正孔をnmサイズの薄い強磁性半導体GaMnAs表面層に閉じ込めることにより、量子効果に起因した振動現象を始めて観測することに成功した例です。(本結果は2011年に英国科学誌Nature Physicsに掲載されました。この測定は当時の田中研究室の卒論生と行いました。)



 

過去の卒業論文の題目例

※学術論文化作業が終わったものから順次掲載しております。

2018年度修士論文 ペロブスカイト酸化物単結晶エピタキシャルヘテロ構造La0.67Sr0.33MnO3/LaAlO3/SrTiO3における高効率スピン流電流変換
2018年度卒業論文 Realization of high-mobility two-dimensional hole gas and pn control of a perovskite-oxide SrTiO3 surface

 

 
2017年度博士論文 Ultrafast manipulation of the electronic structure and magnetization in ferromagnetic epitaxial thin films based on semiconductors (半導体をベースとした強磁性エピタキシャル薄膜における電子構造と磁化の超高速制御) 石井友章氏
2017年度修士論文 半導体/強磁性金属ハイブリッド量子多層膜構造におけるスピン依存トンネル伝導

 

 
2016年度博士論文 Nanoscale magnetic properties and spin-dependent transport in Ge-based ferromagnetic epitaxial films (Geをベースとした強磁性エピタキシャル薄膜におけるナノスケール磁気物性とスピン依存伝導) 若林勇希氏
2016年度修士論文 高移動度二次元電子ガスを有するLaAlO3/SrTiO3ヘテロ界面のエピタキシャル成長とスピン流電荷変換
2016年度修士論文 LaMnO3障壁層を用いたペロブスカイト酸化物La0.67Sr0.33MnO3ベース磁気トンネル接合
2016年度卒業論文 Fe/MgO/IV族強磁性半導体Ge1-xFexからなる磁気トンネル接合の形成とトンネル磁気抵抗効果の増大
2016年度卒業論文 ペロブスカイト型酸化物La0.6Sr0.4MnO3をベースとしたヘテロ接合におけるスピン依存トンネル伝導

 

 
2015年度修士論文 半導体からのキャリア注入による強磁性量⼦井⼾のスピン分極率変調に関する研究
2015年度卒業論文 Fe/MgO/IV族強磁性半導体Ge1-xFexから成る三層構造におけるトンネル磁気抵抗効果

 

 
2014年度修士論文 強磁性半導体GaMnAsにおける時間分解光誘起反射率変化測定を用いたフェルミ準位付近のバンド構造解析
2013年度修士論文 IV族強磁性半導体GeFe薄膜の物性 : 成長温度依存性とアニール効果